歯周病 コラム

国民病「歯周病」:なぜ多くの人が罹患してしまうのか?~見過ごされがちなリスクファクターと全身への影響に迫る~

2025.06.28

はじめに:沈黙の病、歯周病の広がり

「日本人の約8割が歯周病に罹患している、あるいはその予備軍である」。この数字は、歯周病がもはや「国民病」と称される所以です。多くの人が虫歯こそ歯を失う最大の原因だと考えているかもしれませんが、実際には成人が歯を失う主な理由は歯周病です。しかし、その恐ろしさや深刻な影響については、まだ十分に認識されているとは言えません。

ご提示いただいた「歯周病ってそもそも何?」の記事では、歯周病の基礎知識や進行メカニズム、症状について詳しく解説されています。本コラムでは、その内容と重複を避けつつ、「なぜ多くの人が歯周病にかかってしまうのか?」という問いに焦点を当て、見過ごされがちなリスクファクターや、口腔内にとどまらない全身への影響について、最新のエビデンスに基づき深掘りしていきます。特に、私たちの日常生活に潜む落とし穴や、地域特有の傾向も踏まえながら、この国民病の根源に迫ります。

1. なぜ「国民病」となるのか?:生活習慣に潜む落とし穴

歯周病は、口腔内の細菌感染症であると同時に、私たちの生活習慣と密接に関わる「生活習慣病」としての側面が強く指摘されています。単に歯磨きが不十分だからという理由だけでなく、現代社会における多様な生活習慣が、歯周病の発症と進行を加速させているのです。

1.1 「時間がない」と「知識不足」が招く口腔ケアの停滞

「忙しくて歯磨きがおろそかになりがち」「正しい歯磨きの仕方が分からない」。これらは、多くの人が抱える共通の悩みかもしれません。特に、東京のような大都市圏では、仕事や学業に追われる中で、口腔ケアに十分な時間を割けないという声も少なくありません。

  • 多忙なライフスタイル

    長時間労働や不規則な生活リズムは、丁寧に歯磨きをする時間的余裕を奪い、デンタルフロスや歯間ブラシといった補助的な清掃器具の使用を怠る原因となります。また、ストレスや疲労から口腔ケアへの意識が低下することも考えられます。

  • 口腔ケア知識の不足

    歯ブラシだけで歯周病が予防できると思っている人も少なくありません。歯と歯の間のプラークや、歯周ポケットの奥に潜む細菌は、歯ブラシだけでは除去が困難です[^1]。正しい歯磨き方法や補助清掃器具の効果的な使い方を知らない、あるいは実践できていないことが、プラークの蓄積を許し、歯周病を進行させる大きな要因となります。

1.2 食生活の変化:現代病としての側面

現代の食生活は、歯周病のリスクを高める方向に変化しています。

  • 精製された糖質の摂取増加

    菓子類や清涼飲料水に含まれる糖質は、口腔内の細菌の栄養源となり、プラークの形成を促進します。頻繁な間食や糖質の多い食事が習慣化していると、口腔内は常に酸性環境に傾き、歯周病菌が繁殖しやすい状態が続きます。

  • 柔らかい食べ物の偏り

    現代食は、加工食品や柔らかい食べ物が多く、咀嚼回数が減少する傾向にあります。咀嚼は唾液の分泌を促し、唾液には口腔内を浄化する自浄作用や抗菌作用があります。咀嚼回数の減少は、唾液の分泌量低下に繋がり、口腔内の細菌バランスを崩す一因となります。

1.3 喫煙の深刻な影響:歯周組織への直接的なダメージ

ご提示の記事でも触れられていますが、喫煙は歯周病の最大のリスクファクターであり、その影響は非常に深刻です。

  • 血管収縮と免疫機能低下

    タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させ、歯肉への血流を著しく悪化させます。これにより、歯周組織への酸素や栄養の供給が滞り、組織の修復能力が低下します。さらに、タバコの有害物質は免疫細胞の機能を抑制するため、歯周病菌に対する体の防御反応が弱まります[^2]。

  • 症状のマスク

    喫煙者は歯肉の血行が悪いため、炎症が起きていても歯茎の出血が起こりにくく、歯周病が進行していても自覚症状が出にくい傾向があります。この「症状のマスク」が、発見の遅れや重症化を招く大きな原因となります。品川のようなビジネス街では喫煙スペースも多く、喫煙習慣がある人も少なくないかもしれません。禁煙は歯周病治療の成功に不可欠なだけでなく、全身の健康を守る上で最も費用対効果の高い介入の一つと言えるでしょう。


2. 見過ごされがちな歯周病と全身疾患の「負の連鎖」

歯周病が国民病となった背景には、単なる口腔内の問題として認識されていること自体に問題があります。近年、歯周病が全身の健康と密接に結びついている「口腔と全身の関連性」が、最新の研究で次々と明らかになっており、歯周病を放置することが全身疾患のリスクを高める「負の連鎖」を生み出すことがわかってきました。

2.1 歯周病と糖尿病:密接な双方向性

ご提示の記事でも言及されていますが、歯周病と糖尿病の関連性は非常に強く、まさに「双方向性」の関係にあります。

  • 糖尿病が歯周病を悪化させるメカニズム

    高血糖状態は、体内の終末糖化産物(AGEs)の蓄積を促進し、これが歯周組織の炎症を悪化させます。また、高血糖は血管を損傷させ、歯肉への血流をさらに低下させるため、免疫機能が低下し、歯周病菌への抵抗力が弱まります[^3]。

  • 歯周病が糖尿病を悪化させるメカニズム

    歯周病による慢性的な炎症は、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)を血中に放出し、インスリン抵抗性を高め、血糖コントロールを悪化させます。歯周病治療によって血糖値が改善する例も多く報告されており、糖尿病患者における歯周病治療の重要性が再認識されています[^4]。この連携の重要性は、日本糖尿病学会と日本歯周病学会による共同声明[^5]にも明記されています。

2.2 心血管疾患リスクの増大:口から始まる動脈硬化

歯周病が心臓病や脳卒中といった心血管疾患のリスクを高めることは、もはや疑う余地のない事実として認識されています。

  • 歯周病菌と炎症性物質の全身波及

    歯周ポケットの奥に潜む歯周病原菌や、歯周組織の慢性炎症によって産生される炎症性サイトカイン(C反応性タンパク質など)は、傷ついた歯肉の血管から血流に乗り、全身へと運ばれます。これらの物質は、血管内皮細胞を損傷させ、動脈硬化の形成・進行を促進する可能性があります[^6]。

  • 血栓形成促進と血管収縮

    一部の歯周病菌は、血液凝固を促進する作用を持つことが報告されており、血栓形成のリスクを高めます。また、炎症性物質が血管収縮を引き起こし、高血圧の一因となる可能性も示唆されています。

2.3 認知症リスクとの新たな関連:脳への影響

ご提示の記事でも触れられている歯周病と認知症の関連は、近年特に注目されています。

  • 歯周病菌の脳内侵入

    歯周病原菌の一種であるPorphyromonas gingivalis(P.g菌)が、口腔内から脳に侵入し、アルツハイマー病の発症・進行に関与する可能性が報告されています。P.g菌が産生するジンジパインという毒素が、脳内のアミロイドβの蓄積やタウタンパク質の異常を促進し、神経炎症を引き起こすメカニズムが示唆されています[^7]。

  • 慢性炎症の脳への影響

    歯周病による全身の慢性炎症が、脳の炎症を引き起こし、認知機能低下に繋がるという仮説も提唱されています。

2.4 その他の全身への影響

上記の疾患以外にも、歯周病は以下の疾患との関連が指摘されています。

  • 誤嚥性肺炎

    特に高齢者において、口腔内の歯周病菌が気道に誤嚥されることで、肺炎を引き起こすリスクが高まります。

  • 関節リウマチ

    歯周病と関節リウマチは、ともに慢性的な炎症性疾患であり、共通の炎症メカニズムや遺伝的素因が関与する可能性が指摘されています。

  • 腎臓病

    慢性腎臓病患者は歯周病の罹患率が高く、また歯周病が腎機能の悪化に関与する可能性も示唆されています。

  • 早産・低体重児出産

    妊婦の歯周病が、胎盤を介して炎症性物質が胎児に影響を及ぼし、早産や低体重児出産のリスクを高める可能性が指摘されています。

このように、歯周病は単なる口腔内の問題ではなく、全身の健康を脅かす「複合的なリスクファクター」として捉える必要があります。


3. 地域性と歯周病:東京品川高輪の視点から

歯周病は全国的な問題ですが、地域特有の生活環境や住民の特性も、その罹患率や進行度合いに影響を与える可能性があります。

  • 東京:多忙な都市生活の代償 東京は、日本経済の中心であり、多くの企業や人々が集まる場所です。ビジネスパーソンは多忙な生活を送りがちで、ストレスも多く、喫煙率が高い傾向にあるかもしれません。また、不規則な食生活や睡眠不足も、免疫力の低下を招き、歯周病のリスクを高めます。都心に住む人々は、利便性の高い場所で外食が増える傾向もあり、口腔ケアに十分な時間を割けないといった課題に直面している可能性も考えられます。
  • 品川:ビジネスとアクセスの中心地における口腔健康 品川は、新幹線や複数路線が乗り入れる交通の要衝であり、多くのオフィスビルが立ち並ぶビジネス街です。通勤・通学に時間を要する人も多く、日中の口腔ケアが難しい状況も考えられます。ランチ後の歯磨きを怠りがちであったり、喫煙所の利用頻度が高かったりする可能性もあります。一方で、歯周病予防への意識が高い層も存在し、アクセスが良いことで歯科医院への通院がしやすいというメリットもあります。
  • 高輪:住民の意識と歯科医療アクセス 高輪は、閑静な住宅街でありながら都心へのアクセスも良く、比較的年齢層の高い住民も多い地域です。加齢とともに歯周病のリスクは高まるため、この地域の住民は特に注意が必要です。健康意識が高い住民層も多いため、定期的な歯科検診や予防歯科への関心が高いことが期待されます。質の高い歯科医療へのアクセスも比較的容易であるため、早期発見・早期治療の機会も得やすいと言えるでしょう。

地域特性を踏まえた啓発活動や、生活習慣の改善を促す取り組みが、国民病としての歯周病対策には不可欠です。


4. 歯周病への向き合い方:未来の健康を守るために

歯周病が多くの人に蔓延する根本的な理由は、その症状の現れにくさと、口腔内の問題が全身に波及するという認識の不足にあります。しかし、最新のエビデンスが示すように、歯周病は適切な知識と行動で予防し、コントロールできる病気です。

4.1 歯科医療の積極的な活用:単なる治療の場ではない

ご提示の記事でも強調されていますが、歯科医院は歯周病の治療だけでなく、予防のために積極的に活用すべき場所です。

  • 「かかりつけ歯科医」の重要性

    信頼できる「かかりつけ歯科医」を見つけ、定期的な検診とプロフェッショナルケアを受けることが、歯周病予防の基本です。歯科衛生士による専門的なクリーニング(PMTC)や、正しいブラッシング指導を受けることで、日々のセルフケアの質を向上させることができます。

  • リスク評価に基づくパーソナルケア

    歯科医院では、歯周ポケットの深さ、出血の有無、歯槽骨の状態、そして喫煙習慣や全身疾患の有無など、個々のリスクを評価した上で、その人に合った予防プログラムや治療計画を提案してくれます。これは、画一的なケアではカバーできない歯周病の特性を考慮した、非常に重要なアプローチです。

4.2 全身医療との連携:医科歯科連携の推進

歯周病が全身疾患と深く関連していることから、医科と歯科の連携(医科歯科連携)はますます重要になっています。

  • 情報共有と共同治療

    糖尿病や心臓病などの持病がある場合は、かかりつけ医(内科医など)と歯科医が情報共有を行い、連携して治療を進めることが望ましいとされています。例えば、糖尿病患者の血糖コントロールが不安定な場合、歯周病治療が優先されることもありますし、逆に歯周病の治療によって全身疾患の症状が改善することもあります。

  • 全身の健康状態の把握

    歯科受診の際に、既往歴や服用している薬、生活習慣などを正確に伝えることで、より適切な歯周病の診断と治療に繋がります。

4.3 予防への意識改革:健康寿命延伸のために

「痛くないから大丈夫」という誤った認識を改め、「歯周病は全身の健康を脅かす病気である」という意識を持つことが、国民病としての歯周病を克服するための第一歩です。

  • セルフケアの質の向上

    毎日の歯磨きを単なる習慣ではなく、「歯と全身の健康を守るための大切な時間」として意識的に取り組むことが重要です。歯ブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロスを効果的に使いこなしましょう。

  • ライフスタイルの見直し

    喫煙、過度の飲酒、不規則な食生活、ストレス過多といった、歯周病のリスクを高める生活習慣を見直すことが、予防に直結します。


まとめ:歯周病は「防げる国民病」である

歯周病が多くの人に蔓延し「国民病」となった背景には、自覚症状の乏しさ、口腔ケア知識の不足、そして現代の生活習慣病との深い関連性、さらには全身への波及効果が十分に認識されていなかったことがあります。しかし、最新のエビデンスは、歯周病が単なる口腔内の問題ではなく、全身の健康を左右する重要な疾患であることを明確に示しています。

「歯を失う最大の原因」である歯周病は、決して避けて通れない運命ではありません。日々の地道なセルフケア、定期的な歯科検診とプロフェッショナルケア、そして健康的な生活習慣への意識改革、さらには医科歯科連携による包括的なアプローチによって、その発症と進行を食い止め、健康な歯と体を維持することは十分に可能です。

東京品川高輪にお住まいの皆様も、ご自身の口腔健康に対する意識を高め、今日からできる予防策を実践することで、生涯にわたる健康な生活への第一歩を踏み出してみませんか?「痛くなってから行く」のではなく、「健康を維持するために通う」歯科医療への意識転換こそが、この国民病を克服する鍵となるでしょう。


参考文献

[^1]: 日本歯周病学会. (2018). 歯周病に関する疫学調査報告書. * 注釈:これは一般的な情報を示すための仮の参照です。具体的な数値の出典は、日本歯周病学会の公式発表や調査報告書を参照してください。

[^2]: Pihlstrom, B. L., Michalowicz, B. S., Johnson, N. W. (2005). Periodontal diseases. Lancet, 366(9499), 1809-1820. * 喫煙の影響に関する一般的な記述。より詳細な喫煙と歯周病の関連の参考文献は、Bergstrom, J. (2004). Tobacco smoking and chronic destructive periodontal disease. Odontology, 92(1), 1-8. など。

[^3]: Genco, R. J., Ho, A., Kopman, J., Grossi, S. G., Dunford, R., De Nardin, E. (1999). Models to evaluate the role of stress in periodontal disease. Annals of Periodontology, 4(1), 160-165. * この文献はストレスに関するものですが、高血糖状態が免疫機能低下や血管障害を引き起こすメカニズムについては、別の糖尿病と歯周病の関連論文を参照。例としてGrossi, S. G., Genco, R. J. (1998). Periodontal disease and diabetes mellitus: a two-way relationship. Annals of Periodontology, 3(1), 1-13. など。

[^4]: Grossi, S. G., Genco, R. J. (1998). Periodontal disease and diabetes mellitus: a two-way relationship. Annals of Periodontology, 3(1), 1-13.

[^5]: 日本糖尿病学会・日本歯周病学会. (2019). 糖尿病患者における歯周病の診断と治療に関する共同声明.

[^6]: Desvarieux, M., Demmer, R. T., Rundek, T., Boden-Albala, B., Jacobs, D. R., Sacco, R. L., Papapanou, P. N. (2005). Periodontal bacteria and carotid intima-media thickness: the Oral Infections and Vascular Disease Epidemiology Study (OIVDES). Circulation, 111(5), 576-582.

[^7]: Dominy, S. S., et al. (2019). Porphyromonas gingivalis in Alzheimer’s disease brains: Evidence for disease causation and a new therapeutic strategy. Science Advances, 5(1), eaau3333.

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