はじめに
歯周病治療と聞くと、「歯石取り」をイメージする方が多いのではないでしょうか。歯科医院で行うスケーリングやSRP(歯周基本治療)は、歯周病の進行を食い止めるための最も重要な第一歩です。しかし、この治療だけでは改善しない「進行した歯周病」も存在します。
なぜ、初期の治療だけでは不十分なのでしょうか?
この記事では、歯周基本治療だけでは届かない、深い歯周ポケットの**「根本原因」**に焦点を当て、外科治療の必要性と、それがあなたの歯を救うための最終手段となりうる理由を、専門的な視点からわかりやすく解説します。
歯周基本治療の限界:なぜ深い歯周ポケットは治らないのか?
歯周基本治療の役割とは?軽度・中等度の歯周病には効果的
歯周病治療は、まず「歯周基本治療」から始まります。これは、歯周ポケット内部の**歯石やプラーク(歯垢)**を専用の器具で徹底的に取り除く処置です。この治療は、歯周ポケットが比較的浅い、軽度から中等度の歯周病には非常に効果的です。
歯周基本治療の詳しい内容や重要性については、当院のコラム「スケーリングは単なる歯石除去じゃない!歯周病治療の『真の入口』」で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
深い歯周ポケットが「細菌の温床」になる理由
歯周病が進行すると、歯周ポケットは深さを増し、4mm以上に達することがあります。このような深いポケットは、歯周病菌にとって格好の隠れ家となります。歯周病菌の多くは酸素を嫌う「嫌気性」であるため、歯ブラシやデンタルフロスが届かない深い歯周ポケットの奥は、彼らが繁殖するのに最適な環境となってしまうのです。
ポケット内で増殖した細菌は、さらに歯を支える骨(歯槽骨)や歯周組織を破壊し続け、歯のぐらつきや、最終的な抜歯へとつながります。表面上のケアでは見えない、この「隠れた病巣」こそが、歯周病が再発・進行する最大の原因なのです。
器具が届かない!歯周基本治療の物理的な限界
歯周基本治療で用いる器具(スケーラーやキュレット)は、歯周ポケットの奥深くまでは届きません。一般的に、器具が効果的に届くのは、歯周ポケットの深さが4mm程度とされています。
日本歯周病学会のガイドラインや最近の臨床研究¹でも、歯周ポケットが深い場合、歯周基本治療だけでは歯石や感染組織を完全に除去することは困難であることが示唆されています。歯ぐきの奥深くに硬くこびりついた歯石や病的な組織が残ってしまうと、いくら表面をきれいにしても、歯周病は治まらず進行し続けてしまいます。
外科治療が必要な理由:深い歯周ポケットの「根本原因」を直接取り除く
歯周外科手術で「見える」治療へ
歯周基本治療では、歯ぐきの奥にある汚れは**「見えない」ままです。そこで必要となるのが歯周外科手術**です。これは、歯ぐきを部分的に切開し、歯周ポケットの奥深くにある歯根の表面を直接目で確認しながら、付着した歯石や感染組織を徹底的に取り除く治療法です。当院では専門性の高い歯周外科治療を行っております。
この「見える」治療にすることで、歯周病の原因となる汚れを確実に除去できます。単なる歯石取りではなく、病気の根源を絶つための精密な処置が可能になるのです。
歯周ポケットの奥まで徹底的に清掃する
歯周外科手術では、以下のような処置が行われます。
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病変組織の除去:
- 歯周病によって破壊され、炎症を起こしている歯ぐきの組織を取り除きます。これにより、健康な組織が再生しやすい環境を整えます。
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歯根表面の徹底清掃:
- 硬くこびりついた歯石や、歯周病菌の集合体であるバイオフィルムを、専用の器具で丁寧に除去します。これにより、細菌の温床を根本から取り除きます。
歯周外科手術の有効性については、多くの研究で支持されており、特に深いポケットに対する改善効果が高いことが報告されています²。外科的にアプローチすることで、これまで届かなかった「根本原因」に直接対処できるのです。
歯周病の進行を食い止める「根本治療」としての役割
歯周外科手術は、単に歯石を取るだけでなく、歯周病の進行を食い止める「根本治療」としての役割を担います。歯周ポケットが深いままだと、どんなに丁寧に歯を磨いても、その奥の細菌まで取り除くことは不可能です。
手術によってポケットが浅くなると、日々のセルフケアや歯科医院でのメンテナンスが格段に行いやすくなります。これにより、細菌が再び増殖するのを防ぎ、歯周病の再発リスクを大幅に下げることが可能になります。
外科治療がもたらす長期的なメリット:歯を失わないための最終手段
歯周病の再発リスクを劇的に下げる
歯周基本治療では取り切れなかった深い歯周ポケットの細菌が、歯周病再発の最大の原因でした。外科治療は、この再発の元を断ち切るための最も確実な方法です。
手術によってポケットが浅くなると、毎日のブラッシングやデンタルフロスが歯周ポケットの奥まで届きやすくなります。さらに、歯科医院での定期的なメンテナンス(PMTCなど)もより効果的に行えるようになるため、健康な状態を維持しやすくなります。日本臨床歯周病学会の発表でも、歯周外科治療を行った患者は、そうでない患者に比べて長期的な歯周病の安定性が高いことが報告されており、その有効性が裏付けられています。
ぐらついた歯を安定させ、歯の寿命を延ばす
歯周病が進行すると、歯を支える骨が溶けてしまい、歯がぐらつき始めます。これは、放置すれば最終的に抜歯を余儀なくされる状態です。
しかし、歯周外科治療には、失われた骨を再生させるための再生療法を併用できる場合があります。これは、歯周病で失われた骨や歯周組織を回復させる画期的な治療法です。代表的なものに、GTR法(組織再生誘導法)やエムドゲイン法などがあり、これらを用いることで、ぐらついた歯の安定性を高め、抜歯を回避できる可能性が高まります。複数のレビュー論文³でも、これらの再生療法が歯の寿命を延ばす上で非常に有効であるとのデータが示されています。
口臭や出血など、生活の悩みを解決する
進行した歯周病は、歯ぐきの出血や、細菌の増殖による不快な口臭など、日々の生活の質を著しく低下させます。
外科治療によって歯周病の原因が根本から取り除かれると、これらの不快な症状が大幅に改善されます。人前で口を開けることへの抵抗がなくなり、食事や会話を心から楽しめるようになるなど、精神的なストレスからも解放されます。外科治療は、見た目だけでなく、あなたの生活そのものを健康的に変える力を持っているのです。
まとめ:歯周病治療の成功は「正しい選択」から始まる
歯周病は、放置すれば歯を失う原因となる恐ろしい病気です。しかし、今日まで読み進めていただいた皆さんには、歯周病治療が単なる「歯石取り」ではないこと、そして深刻な状態でも諦める必要がないことを理解していただけたと思います。
治療のステップを振り返ると、まずは歯周基本治療で初期段階の細菌を取り除きます。しかし、それで改善が見られない場合や、最初から重度な場合は、外科治療という次の選択肢を検討することが、歯を守るために不可欠です。外科治療は、深いポケットの奥にある「根本原因」を直接取り除き、歯周病の進行を食い止めるための最終手段なのです。
大切なのは、ご自身の歯周病の状態を正しく知り、歯科医師と相談して、最適な治療法を選択することです。決して「もう手遅れだから」と諦めないでください。外科治療は、あなたの歯を救い、健康な状態を長期的に維持するための重要な選択肢です。
この記事が、皆さんが歯周病と真剣に向き合うきっかけとなり、後悔のない治療選択をするための助けとなれば幸いです。
よくある質問(FAQ)
Q1:歯周外科手術は痛いですか?
A1: 手術中は麻酔を使用するため、痛みを感じることはほとんどありません。手術後、麻酔が切れると多少の痛みが出ることがありますが、痛み止めを処方しますのでご安心ください。
Q2:手術後の腫れや出血はありますか?
A2: 個人差はありますが、数日間、患部が腫れたり、少量の出血が見られることがあります。当院では、術後の経過を丁寧に説明し、適切な処置やケア方法をお伝えします。
Q3:手術の費用はどれくらいかかりますか?
A3: 歯周外科手術は、保険が適用されるものと、保険適用外(自費)のものがあります。患者様の歯周病の状態や選択する治療法によって費用が異なりますので、まずは精密検査を行い、詳細な治療計画とともにお見積もりを提示させていただきます。
Q4:手術後のメンテナンスはどうすればいいですか?
A4: 手術後は、良好な状態を維持するために定期的なメンテナンスが非常に重要になります。ご自宅での丁寧なセルフケアに加え、歯科医院での専門的なクリーニングや検診を継続していただくことで、再発を防ぎ、歯の健康を長く保つことができます。
泉岳寺駅前歯科クリニックのご案内
進行した歯周病でお悩みの方は、ぜひ一度、当院にご相談ください。
当院では、患者様一人ひとりの歯周病の状態を丁寧に診断し、歯周基本治療から、より高度な歯周外科治療まで、最適な治療法をご提案しています。当院は、院長が「日本歯周病学会認定医」の資格を持つ、歯周病治療に特化した歯科医院です。
泉岳寺駅前歯科クリニックは、東京都港区に位置し、都営浅草線・京急線「泉岳寺駅」A3出口から徒歩1分と、アクセスに大変便利な場所にございます。また、高輪ゲートウェイ駅や品川駅からもアクセスが良く、近隣にお住まいの方や、お勤めの方にも多くご利用いただいております。
「歯周基本治療だけでは良くならない…」「もう抜くしかないと言われた…」と諦める前に、一度当院の専門医にご相談ください。あなたの歯を一本でも多く守るために、私たちがお手伝いします。
参考文献
- 石川 烈: 「重度慢性歯周炎の治療に関するガイドライン」. 日本歯周病学会雑誌, 56巻1号, pp.1-13, 2014. https://www.jstage.jst.go.jp/article/perio/56/1/56_1/_article/-char/ja/
- Cobb, C. M. et al.: “Nonsurgical Versus Surgical Treatment of Chronic Periodontitis: A Systematic Review and Meta-analysis.” Journal of Periodontology, 84(11), pp.1651-1662, 2013.
- Kao, R. T. et al.: “Periodontal Regeneration: The State of the Art.” Journal of the California Dental Association, 47(11), pp.685-693, 2019. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6908064/